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書評「教えて 発達障害・発達凸凹のこと」評・堀資雄氏(志茂柔道クラブ)

大雪や暴風など、冬の寒さがこたえる日々ですが、いかがお過ごしでしょうか。先週日曜日(2/20)、3回目のプロジェクト会議があったのですが、「このサイトで発達障害に関する書籍の紹介があったら、サイトを訪れてくださる方の参考になるので」という話題になりました。そこで、東京都北区で「受身あそび教室」を開催くださる志茂柔道クラブの堀先生にお勧めの書籍を紹介いただきました!

『やれば出来る子』は私自身が子供の頃から親に言われ続けてきたフレーズであるが、そもそも『やれない子』であったと気が付いたのは、成人してからである。

発達障害は専門書を読めば読むほどわからなくなっていく障害である。私のような市井の者では臨床試験を行うこともままならず、書籍から知識を得るか、専門家の講演を拝聴して知識を得るのが精一杯である。講演を聞いても『発達障害には色々なタイプがありー概に括れない』というのがわかるくらいである。自閉症と発達障害は違うということはわかるが、では何が違うのか?と問われれば答えに窮するという方も多いのではないだろうか。

ただ一つ共通する点として『当事者は社会(学校)で生きづらさを抱えている』ということが発達障害を学んでいく上でおぼろ気ではあるが見えてくる。言葉や学習の遅れ、人とのコミュニケーション問題。十人十色。悩みは千差万別である。先天性であることが最近認知されつつある。成長とともに改善されることはあるが治ることはほぼない。障害を抱えながら生きていかなければならないのである。

『空気が読めない』『協調性がない』というのは自閉症やADHDによくある所見だが、障害がなくても空気が読めない人は存在すると思うので、KY=発達障害という論法は成り立たない。性格に起因するものではないのかとも思うが。例えば芸人に毒舌キャラがいるが、最初は『ちょっと言い過ぎじゃねーの』と思ったものだが、空気を読んで絶妙に毒を吐くのは芸である。

では何をもって発達障害と判断するのか。

どうやら【発達障害】という大きな輪の中に『ASD(自閉症スペクトラム障害)』と『ADHD(注意欠 如多動性障害)』があるようである。それが更にリンクしていたりするからややこしい。人様のことでは説明がしづらいので、私自身を例にして考えてみたいと思う。

ASDの所見として‘‘単純な遊びを延々と繰り返す’’や‘‘マイルールにこだわる”は当てはまるが、 “想像力に欠ける”“人とのコミュニケーションが苦手’’は全く当てはまらない。私は生産性のない‘‘単純なことを繰り返す”のが好きで“マイルール’’を守り、侵害されると機嫌が悪くなるが、“人好き’’であり、常に“空想の中で生きている‘‘。ADHDの所見として‘‘注意力がない’’“忘れ物が多い’’‘‘多動”‘‘衝動的である”等があるが、全て当てはまる。社会人としては充分問題である(笑)

特に‘‘多動’’に関しては亡くなった母によく言われたものである。

『あなたとお出かけすると接骨院が儲かる』

車も信号も無視して、所かまわず衝動的に走り回るので慌てて手をつかんで肘内障(肘が外れる。 幼児に多い。)になり、お出かけ中止→接骨院へ行くという『風が吹けば桶屋が儲かる』と同じ論法である。その多動少年が放置されたまま大人になるとどうなるのか。 “多弁’’になるのである。まあ、よく喋る喋る(笑)自分でもよくこんなに喋れるなと思うことがある。『口は災いの元』というが、それが原因で実際に職を失ったことも一度、二度ではない。‘‘マイルール’’を侵害されたのでキレたからである。

発達障害や自閉症が(一般的に)認知され始めたのがここ30年くらいであると思うが、30年前、私は25歳ですでに働いていた。『変わった人、面白い人、バカ、何するかわからない人』というのが概ね私に対する人物評であったと思う。女性から『良い人ね』と言われたことがないのがせめてもの救いである(笑)

『脳に障害のある人』と言われたことは当然ないし、自分でも考えたことはなかった。ただ一つ思ったことは『日本(日本の常識)は自分に合わない。だから外国に行こう』と思い、外語大学に進学したのである。

そこで出てくるのが学習障害である。中学3年時に担任から『行ける高校がない』と告げられた。 本当に勉強が嫌で仕方がなかった。わからない授業ほど苦痛なものはない。数学の公式の意味が理解出来なかったのだ。2X2=4と書けば良いものを、X×Y。なぜXをYにかけるのか概念が全く理解出来なかった。授業中は教科書に延々と落書きをしながら過ごした。授業中に騒ぐ等の授業妨害もあり、校長室でよく校長先生と『お茶した』ものだ(笑)

今でこそ笑い話だが、当時の学力に関してはかなり家族的に深刻な問題であった。『行ける高校がない』というのは普通(普通だと思っている)の15歳には死刑宣告に近いものがあった。中学を卒業して働くことも考えた。貧乏な我が家にとって、一番現実的だったのが都立定時制への進学だった。

名前は伏せるが当時東京には『私立ヤンキー高校』がたくさんあった。受ければ入れると言われていた滑り止めの滑り止め私立も落ち、滑り止めの滑り止めの滑り止めと悪評高い隣県私立高校を受けろと言われたが、時刻表を調べないでのんびり駅に向かい、電車に乗り遅れ願書提出が間に合わなかった。2時間に3本しか電車がなかったのだ。結果として東京ド底辺都立高校に合格したのは奇跡的なことであったが。

judo3.0酒井代表より書籍の紹介を依頼され、書き始めたがこの辺りを書かないと説得力に欠けると思い至ったので筆を割いてみた。

【教えて 発達障害 発達凸凹のこと】杉山登志郎 白柳直子/IAP出版

2021年3月25日初版の非常に新しい本である。

く発達障害>の三つのグループという書き出しである。

  1. <病気>として対応すべき【器質系発達障害】
  2. <正常型の偏り>として対応すべき【発達凸凹】
  3. 逆境体験が背後にある【トラウマ系発達障害】

1は脳にダメージのあるいわゆるIQ50以下重度知的障害と自閉症で病気として捉えた方が良い。2は脳に確認出来るダメージはないが、発達の速度やバランスが平均的ではない。凸凹。3は基盤となる凸凹があるともないとも言えないが、強いストレス(逆境体験)により、く育ち障害>が生じた。

上述のように大きく発達障害を三つに分類し、両氏の対談をテープ起こししたものである。器質系発達障害はIQ30以下であると自閉症の発症率は8割を越えるそうである。個人的に知的障害と自閉症は別と考えていたのでこのくだりで目から鱗であった。ややこしい事例として知人の子供でIQは通常なのに自閉症と診断された子がいるのである。こうなると通常発達とはなんなのだということを考えてしまうが、それがく発達障害>の難しいところなのだと感じる。発達凸凹はパーセンテージでも比率が圧倒的に多く、著者である杉山医師の受診にくる子のほとんどが凸凹だそうである。

凸凹に関して、本文から抜粋する。

Q.リンゴが5個、ミカンが4個足したらいくつですか?
A.リンゴとミカンは足せません。

その通り!と快哉をあげてしまった(笑)

私のX×Yと全く同じ。私は林檎と蜜柑をなぜ足すのかという疑問はありつつも9個という正解には辿り着けた。
なぜか?それが冒頭に繋がるのである。

『(今は出来ないけれど時間をかけて)やれば出来る子』なのである。
『(同級生と同じスピードでは)やれない子』なのである。

それには、よく言われることだが、周囲の理解が必要であり、親のみならず教育現場の力が必要なのである。当時は全くなかったことだが、今は変わりつつあると信じたい。

うちの次男は聴覚障害+発達障害。いわゆる重複障害である。
そもそも聴覚に関しては障害とは思っていないが。発達障害に関しては私とはタイプが違う。多動ではない。4歳から床屋で大人しく髪の毛を切ってもらうことが出来る。正直、感心してしまった。私は中3になってやっと床屋で散髪が出来るようになったのだ。言葉は私も遅かったそうだが、次男も同級生と比べると遅い。長女も手話だが手が動き出すのは早かった。

自分が苦しんだぶんだけ気長に待って、好きにやらそうと思っている。

進学先がない宣告の頃、物凄く生きづらいと感じていて母に宣言。

『勉強もできないし、おれはもう死ぬ!』
『どうやって死ぬの?』
『子宮がんで死ぬ!』大真面目で答えた。
『死ねるもんなら子宮がんで死んでみなさい(爆笑)』母よなぜ笑う?
次の日、同級生に話すと『男にはね一よ(爆笑)』

今の世の中、こんな私でもなんとか生きていけるのだ。

この本は薄い。薄いが何度も読み返すことに意味があると思うのである。やたら難しい分厚い専門書を読んで満足するより、薄い本を繰り返し読むことで行間から新しい言葉が沸いて出てきて、解釈が変わることは多いのだ。読み終えるのに一時間もかからないだろう。発達障害に関する曖昧な知識をほんの少しだけでも固めるのに入門書として読んで頂ければと思った次第である。

因みに私が唯一得意だったのが作文である。

志茂柔道クラブ
堀 資雄

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